自己紹介やPC紹介のところにも書いてありますが、PCを使った趣味の一つにDTM(Desk Top Music)があります。
DTMが分からない人のためにきわめて簡単に説明すると、要はPCに音源(シンセ)をつないで音楽を作ったり聴いたりしている、ということです。
音楽の内容はというと、小学生の頃器楽部(ブラスバンドみたいなもの)に入っていたことからか、生の楽器が出す音やクラシックぽいもの、民族音楽っぽいものなどが好きで、楽器はオーケストラや、弦楽などを多く打ち込んでいます。
でも曲はクラシックではなく、ほとんどがアニメのサントラからの耳コピーです(^^;
最初のうちは宮崎駿作品の音楽(つまり久石譲の曲)とかを打ち込んでいましたが、「チャチャ」でTVアニメを見始めてからは、そちらのサントラから打ち込んだりしていました。あとはゲームの曲とか、クラシックが少々。
オリジナル曲も力を入れたいのですが、創造力が足りないらしく、なかなか作れないどころか、作れてもどうしてもどこかで聞いたようなメロディーしか出てきません。最近は友達が一部分だけ作った曲をアレンジして完成させたりとかもしています。
私が作成したMIDIデータやMP3を、UYOの物置にて公開しております。
聴いていただけると、とっても嬉しいです。
2008年前半までは、PC-98のMS-DOSで、レコンポーザ/98(PC98DOS版/カモンミュージック)を使用していました。20世紀だったらそれなりにメジャーなソフトでしたが、DAWでMIDIシーケンスも入力できるようになった昨今では、古すぎてマイナーな類かもしれません。
さすがにこのままではPC-98の故障をもって制作不能になってしまうので、今はひとまずDomino(フリーソフト/開発・配布元)にデータを移して、Windows上で打ち込むようになりました。マウスを持って音符やイベントをピアノロールとイベントグラフにさくっと入力した後、キーボードでイベントリストをがっつり打ち込んでいくことが多いです。また、リズムトラックも普通のピアノロールやイベントリストで打ち込んでいきます。他の方はあまりやらないらしいのですが‥‥(^^;
私が最初にDTM(と、後に呼ばれるもの)に触れたのは中学1年生の頃。部活の先輩がPC-9801に音楽ソフトを入れて、内蔵のFM音源で自由に曲を作っているのを聞かせてもらったのです。一般向けのMIDI機材はRolandの「ミュージ君」が出たばかりの時代。当時私の家にPCはありましたが、FM音源は搭載できない古いものだったので、それはそれは興味深いものでした。
そして、私が最初に自分で打ち込みをしたのが、親父が友達から安く譲り受けたEPSONのハンドヘルドコンピューターHC-10。今のノートPCと大して変わらない大きさですが、160x40dotくらいのLCD、マイクロカセットデータレコーダー、小型ラインプリンタを装備した、その重さもまさに重量級のマシンでした。内蔵のBASICにSOUND命令というのがあって、それでBEEP用圧電ブザーの音程を変えられるのを利用して、単音で遊んでいたのを思い出します。父の2台のテープデッキを拝借して、繰り返しダビングしながら1音ずつ加えていって和音で1曲構成したりとか、今考えると妙に凄いことしてたなぁ。(^^;
で、お次はファミリーベーシック。一応説明しておきますと、ファミコンにキーボードとかを繋げて貧弱なプログラムが作れるやつです。先程のとは別の先輩に、ファミリーベーシックV3を3千円で譲ってもらい、テープ端子が壊れていてセーブできないので一発打ち込み&一発録音で曲を作っていました。ここでMMLの基礎を学び、後の数年間の役に立ちました。矩形波(選択できる音色は3種類)2音、三角波(音色・音量固定)1音、コマンドの種類もわずかという制限は、かえって基礎を学ぶにふさわしい環境だったのかもしれません。この時の一番の自信作は「大魔界村」2面BGMの耳コピーでした。今でも探せばテープは残っているはずですが、探す気力がありません(^^;
次は中学2年の時、過去のお年玉や月々の小遣いを全額出して、念願の新PCを親と共同購入し、26K音源互換のSOUND ORCHESTRA-Lを取り付け、N88BASICのMMLで打ち込みをしていました。これでようやく最初の先輩に追いついたわけです(笑)。最大同時発音数15音とはいえ、まだまだ発音数を最優先に頭に入れて、1音1トラックで考えながら打ち込んでいた時代。中学校ではクラスごとに合唱曲を発表し合うことが通例となっていて、もらった合唱曲の楽譜を元に打ち込みをしていましたし、当時購読していたマイコンBASICマガジン(電波新聞社刊)のゲーム音楽プログラムも打ち込んでいました。
この次のステップアップのきっかけは近所の友人でした。お金持ちだった友人が、50万円を投じて最新最強のPCとRolandの「ミュージ郎」を購入したのです。そして、彼の家に遊びに行ったときに、ちょっとばかりCM-64を触らせてもらって、PCM音源部の"A.Piano 1"の音を聞いたとき、私は凄まじいショックを受けました。「コレ、ちゃんとピアノの音がする!」
この瞬間から、私は猛烈にMIDI環境に憧れるようになり、以降の中学校生活は、質素倹約そのものでした(受験生だったこともあるけど)。そして、高校入学。「第一志望校に合格したら買ってやる」という親の条件をクリアし、親と親戚からの祝い金と貯めた小遣い全額をはたいて、念願の「ミュージ郎500」(当時11万円)を購入したのです。‥‥良く買ったよなぁ俺。
当時はまだ一般人がインターネットを使える時代ではなく、代わりにパソコン通信というものが存在していました。私も高校の頃から少しずつパソコン通信を使い始め、ゆいNETに自作のMIDIデータを投稿したりしていました。そんな折に、パソコン通信を通じて、DTMと同人音楽における心の師匠である、お二人に出会います(そのうちお一人は今も現役の方なので、お名前は伏せますw)。インターネットさえなかった当時から「ダイレクトな感想と合作がネットの醍醐味」とおっしゃっていたお二人の言葉が、まさに今私の身の回りで花開いていて、先見性に驚かされます。
一方、作品の面では、当時アニメを見て感動したことから意を決して打ち込んだ「組曲:命の花」を、今からは想像も付かない苦労の末に完成させたりしていました。大学1年の夏休み40日間と、その後の数ヶ月の週末は全部自宅に引きこもって、寝る時間と食事や風呂の時間以外全部聴音と打ち込みに徹していたとか、若気の至りと言うほか無いでしょう(^^;。しかし、あの努力が無かったら、今の聴音能力と音感、音源を使いこなす技術は持っていなかったかもしれません。
やがて私は大学を出て就職し、さらにはオンラインゲームにハマってしまったために、DTMにかける時間が減っていきました。さらにはJASRACによるMIDIデータからの使用料徴収が施行され、サイトでのMIDIデータ公開も困難になりました。細々とJASRAC曲OKな投稿サイトに数曲投稿しましたが、あとはROのアレンジ曲を数曲作ったくらいで、数年に渡り休止に近い状態となっていました。
そして現在。「初音ミク」に始まるDTM再燃に遅れながらも何とか乗っかって、久々にDTMerらしい活動を再開しています。ニコニコ動画にJASRAC管理曲の投稿が可能になったので、既に数曲投稿させていただきましたwさすがに学生時代のように量産はできませんが、これからもちまちまやっていきたいなぁ。
心の師匠に教わった言葉に、自分で感じたことを書き加えたものです。何年も前に書いたものですが、今読み返しても大切なことだと思います…同人の世界を去ってしまった師匠、元気にしてるかなぁ…。
使っているかどうかはともかく、とりあえず持っているものを列挙すると‥‥
今も現役なのはMU1000とSC-88Proです。私の音楽のジャンルが狭いところに特化しているので、今のところこれで困っていません。本当はプロ仕様のシンセや、ソフト音源などにも興味はあるんですけど、まずは現在の環境に限界を感じるくらいまで使いこなしてからステップアップしたいので‥‥(^^;
その他の音源は、過去に愛用していた大切な財産だったり、友達から不要なものを無償で譲り受けたものだったりします。特にCM-500は唯一、きちんと新品で購入したものです。「ミュージ郎500」というパッケージで購入したのですが、高校の入学祝いと貯金を全額使い果たして買った初めてのシンセなので、使わなくなっても手放したくないくらい思い入れがあります。既にSC-88が存在していた当時、パソコン通信のBBSで「UYOさんはCM-500と心中するんじゃないか」って言われてましたっけ(^^;